レイトショウ
 


    私は風に流され、この列車に乗ってしまった。
    とうぶんの間、この景色は見られない。
    今の内に目に焼き付けておこうと思う。

    流れてゆく、バス停、田んぼ、家々、いつものこの道。
    流れてゆく。

    人の記憶をふわふわと泳ぐ私は、彼らからはどう見えているのだろうか。
    急に、景色が暗くなる。

    トンネルだ。

    列車内の電気に照らされ、自分の姿が窓に映し出される。
    ぷあん、と列車は甲高い鳴き声を発した。

    まだまだ、道のりは長いようだ。
    人々はそれぞれ、彼らなりの過ごし方をしていた。

    小さな文庫本をじいと読む女性、流れる風景を感慨深そうに眺め
   るスーツを着た男性、首をもたげて惰眠を貪る若い男、ぱらぱらと
   週刊誌を読み進める男性、涙目で携帯電話を握りしめる若い女性。

    私は、私の心は何故か晴れやかで、肩の荷が降りたような、ヘリウ
   ムで膨らんだ風船のような気持ちだった。


    ――昔噺でもしようか。

    私は寂れた商店街の隅っこにあった映画館が好きだった。
    週末になると知らないうちに足を運んでしまう程、何故かその場所
   が好きだった。

    何故かは未だにわからない。

    その寂しく佇んだ哀しい雰囲気を自分に重ねていたのか、若しくは
   ただ単に客が少なかった為、場所が取りやすかったからか。

    特にレイトショウはよく鑑賞した。

    映画の内容は、正直なところどうでもよかった。
    特撮、ミステリ、ホラー、恋愛物、アニメ、分け隔てなく総てのジ
   ャンルのフィルムを鑑賞した記憶がある。

    小さな門戸を開けると、すぐ左側にアニメキャラクターのフィギュ
   アがショウウィンドウの中で所狭しと詰められていたのがなんとも
   印象的であった。

    時には当時の恋人と足を運んだ事もあったが、やはり独りの方が気
   楽であった。

    単純に、その映画館が好きだったのだ。

    商店街のシャッターが順々に閉まってゆき、光はどんどん街灯だけ
   になってゆく。
    その道の真ん中を外套を羽織り闊歩する。
    目的はレイトショウだった。


    どん。

    列車はいつの間にかトンネルを抜けていた。
    それに気づかなかったのは日が暮れていたからだろうか。

    そして胸に響く大きな音。乗客も皆顔を上げていた。

    花火だ。

    大きな火花が空を舞い、はらはらと落ちてゆく。

    存外悪くない。今までの私の嘘の記憶も散ってゆくような、そんな、感覚。

    噺を続けようか。

    ある夜、私はいつも通り例の映画館に足を運んでいた。

    しかし、それまで感じた事のない違和感を感じた。

    何時もの映画館の光が、その日は灯っていなかったのだ。

    なんだ、今夜は休業か。また来週だな、と軽く考えていたのだが、
    それ以降その映画館に光が灯る事は二度と無かった。

    そしていつの間にか、映画館は取り壊され、小綺麗な喫茶店に変
   わっていた。

    寂しい商店街が、余計に寂しく感じた。


    列車は少し揺れながら進んでゆく。
    終着点は、恐らく皆分かっているはずだ。
    勿論、私も例外ではない。

    快楽主義者のシーンと自分を重ねた私にとって、当然の報いである。
    愛想笑いでしか、嘘の中でしか生きられなくなった私に対しての、
    罪と罰。


    言葉の向こう側の真意と、真偽のストーリィ。

    私が一番気に入ったフィルムだった。

    ここはもう、白黒(モノクロ)キネマの外側の世界。

     ハロー、ハロー。

    列車はやがてゆっくりと停車する。

       扉が開き、私たちは駅のホームに降り立つ。


    列車は、十六夜の中に溶けて消えた。


    ハロー、ハロー。



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