ブラック・シガー
 


    僕が咥えた煙草の先からは、さわさわと煙が立ち上っていた。
    いつからだろうか、人に興味が無くなったのは。


    改札からは人の波が押し寄せ、また止み、時間が経ち、また押し
  寄せてゆく。
     駅前のロータリーではタクシーが入れ替わり立ち替わり動いている。

   僕は煙草を吸う。

   例えばあの女性は、自宅へ到着するや否や服を脱ぎ捨て、キンキ
   ンに冷えたビールをかっ食らうに違いない。

   例えばあの中学生は、息子のテストの点数を気にする母親に対し
   て暴言を吐きながら自分の部屋に籠もるに違いない。

   言えることなど何も無い。

   人は人であることを許されているのだろうか。

   僕はひたすら煙草を吸う。

   人の波から逃れるように、人の世から逃れるように、人の群れに流されぬように。

   其れは、さわさわと漂う煙に似ていた。

   嘘を吐いた自分に対して嘘をつき、自分が自分では無くなってゆく感覚。

   もう、行くか。

   例えば、嘘つきが嘘をついたとすれば、それは真実になるのだろうか。

   例えば、嘘つきが真実を口ずさめば、それは嘘になるのだろうか。



   言えることなど、何も無いのだ。



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