ピンクの風船
 


   おい、金を出せ。

   はい?

   金を出せ、と言ったんだ。

   泥棒さん、ですか?

   あぁ、そうだ。

   成る程、先ほどの扉を開ける音は貴方だったのですね。

   何を呑気な。お前はここの娘だろう。

   はい。ここの娘です。

   なら金がある場所ぐらい知ってるな? 早く出すんだ。

   ごめんなさい、両親に尋ねないと分からないのです。

   お前の親は今出かけてる。それくらい俺だって下調べ済みさ。だか
  ら盗みに入った。

   そうなのですか。

   さぁ、早く! 殺されたいのか!

   そうは言われましても、私は目が見えないどころか、体も動かせな
  いのです。

   何だと?

   ですから、少し前から寝たきりで、視界も真っ暗な為、何も分から
  ないのです。

   ……成る程な。じゃあマスクもサングラスも要らねぇな。

   はい。声しか分かりませんので。

   実に好都合だ。しかし金の在り処が分からないんじゃあ困ったもん
  だな。

   今は、何時ですか?

   一時を少し回ったくらいだ。

   では泥棒さん、少しお話をしませんか?

   お前、俺はいつでもお前を殺せるんだぞ。

   あ、刃物をお持ちなのですか?

   そりゃあそうだろ。場所を聞いたら殺すつもりだったからな。

   今日は調子がいいのです。どうせもうすぐ死ぬのですし、お話をし
  ましょう。

   ま、まぁ、少しだけなら。

   私もそう簡単に通報出来る身体ではないですし、絶対誰にも言いま
  せんよ。

   人の言う絶対なんて、絶対に無いんだよ。

   そう言うあなたも絶対と仰ってるじゃないですか。

   か、な、ら、ず! 無いんだ。

   ふふ、私のお友達に少し似ていますね。

   ……お前の友達とやらはどんな奴だ。

   あら、お座りになられたのですね。ありがとうございます。

   ……いいから! とっとと話を終わらせろ!

   そうですね。私のお友達も、人を信用していないんですよ。

   ほぉ。そりゃあ気が合いそうだな。

   普段はそんな風には見せないんですけどね。でもどこかさみしそう
  で、でもずっと笑っているフリをするんです。

   ふぅん。

   あなたは何故ウチに泥棒をなさいに来られたのですか?

   さっきも言っただろう。下調べして計画を作っていたらここに行き
  着いたんだよ。

   あら。では私の存在もご存知だったのでは?

   ただの引きこもりか何かだと思ってたからな。同業者のマークによると。

   マーク?

   あぁ。泥棒は泥棒なりにつるんで情報を交換し合っているんだ。こ
  の家には表札の下にピンクの風船のシールが貼ってある。

   風船……ですか。

   因みにピンクの風船は俺たちの中で“9:00〜17:00 娘のみ”を意味
  している。

   成る程、だから私がこうだとはご存知無かったのですね。

   ……そうだ。

   この辺りにはそんなおうち沢山ありますよ?

   あぁ。この辺に大体8箇所くらいか。

   何故ウチに?

   そりゃあお前アレだ。何となくだ。

   何となく、ウチは泥棒さんに狙われたのですか?

   そりゃあ泥棒だからな。常識なんかとっくの昔に捨てたのさ。

   なにか、かっこいいですね。

   おう。あとアレだ。地蔵松なんて名前珍しいからな。縁起も良さそ
  うだろう。

   ジゾウマツではなく、ジゾマツ、ですよ。

   あ、あぁ、悪い、ジゾマツ。

   ふふ、縁起は常識とはまた違うのですか?

   まぁ……な。俺たちみたいなアウトローには縁起と運は大切なんだよ。

   成る程、アウトローですね。

   ああ。アウトローだ。

   本当にごめんなさい。

   何に謝ってるんだお前は。

   いえ、泥棒さんに。

   何で謝ってんだ。俺は泥棒だぞ。

   泥棒さんも、お仕事なので。

   ……お前、変わってるな。

   ふふ、よく言われます。

   そういえば、さっき少し前から、と言ったな。前まではこうじゃな
  かったのか?

   はい。普通に学校に通えていましたよ。

   急にそんな症状が出たのか?

   ゆっくり……ですね。いつの間にか目が見えなくなり、動けなくな
  り、考えることも減りました。

   気の毒だな。

   だから、今日はとても調子が良いんですよ。こうして泥棒さんとお
  話出来ているんですもの。

   そうは言ってもだな。まだ若いんだろう?

   世間的には若いと思いますよ。高校一年生です。

   それで、もうすぐ死ぬ……ってか?

   はい。恐らくは。

   何故分かる?

   泥棒さんと同じです。何となく、ですね。説明ができないです。

   お前、死ぬのが怖く無いのか?

   怖いです。とっても。

   じゃあ何故そんなに落ち着いていられる。

   どう足掻いても、私はもうすぐ死ぬのですもの。

   その若さでハラ括ったってか?

   そう、なりますね。

   諦めたってのか?

   そう、なりますね。

   ……馬鹿タレが! なんでそう簡単に諦める!

   ……すみません。

   まだ若いんだろう! やり残したこともあるんだろう! 最後まで
  足掻いてこその人間だろうが!

   ……すみません。世界が、そう決めたのです。

   俺には世界がどうのとかは分かんねぇがな! こっちは根性決め
  て泥棒やってんだ!

   ……はい。

   世界が決めたから死ぬ? 分かってるから落ち着いてる? 甘え
  てんじゃねぇ。俺が今までどんな思いで泥棒やってきたか分かってん
  のか。

   ……何しろ、初対面なもので。まぁお顔も満足に拝見出来ませんが。

   ……なぁお嬢ちゃん。人間は人間らしくいるのがいちばん自然なん
  だ。金が無いから盗む、死にたく無いから、盗んでまでも生きてる
  んだ。

   はい。

   俺だってせめて人間らしく死にたいんだよ。

   私だって、こんな身体になってまで生きたくはありません。

   ……そうかい。生きたくない奴を殺すのは俺のポリシーに反するん
  でね。

   はい。

   今日は帰る。次来た時には命乞いをしろ。人間らしく。

   泥棒さん。

   諦めんな。お前にはまだ早い。もういい、他を当たる。

   泥棒さん……また来てくださいね。

   ピンクの風船が貼り替えられたら、考えない事もない。じゃあな。

   さようなら。












   泥棒さん、帰っちゃった。
















   私だって。まだ死にたくない。死にたくないよ。

   まだ、まだ。信也くんと。佐久間と。一緒にいたい。

   夕方のバルコニーも。修学旅行も。雨のドライブにも。

   まだしてないことが一杯あるのに。


   やだ。やだよ。



   死ぬのは、やだよ。




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